第379回 < 2021年10月号の日銀金融システムレポートを読んで >
毎年4月と10月に年2回発行される本レポートを定期的に読んでいますが、今回のレポートは、通常の定点観測に加え、コロナ禍によって大量に供給された金融機関からの融資の影響を、国内の信用リスクの状況から分析しています。さらに、長引いたコロナ禍が、金融機関の有価証券投資や外貨調達に及ぼす影響についても分析し、言及しています。本レポートは、政府、日本銀行による大規模な財政・金融政策が効果を発揮し、金融機関の経営体力が充実し、金融システムは健全な状態にあると総括していますが、今後のリスクとして以下の三点を挙げています。
【1】感染症の影響で景気回復が遅れる場合、現在は抑制されている信用リスクが、感染症の影響の大きい企業貸出を中心に悪化する懸念。また、海外貸出における信用リスクの中でも、特にエネルギー関連や空運関連での先行き懸念。【2】現在の資産価格の急速な上昇から、金融市場が大幅に調整した場合、金融機関が積み上げてきた内外クレジット投資や投資信託などの有価証券投資関連損益が悪化する懸念。特に、投資ファンドとの重複度の高い金融機関への懸念。【3】金融機関が海外貸出や外貨資産の保有を積み増した結果、外貨調達が不安定化した場合の資金繰り悪化懸念。
財政・金融両面の支援により、倒産件数、デフォルト率が低位抑制されていることから、足下での信用リスクへの懸念は少ないとしています。もっとも、実質無利子融資をはじめとするコロナ関連融資の返済が本格化する中では、借入企業の債務返済能力について注視するとのコメントも見られました。レポートで毎回定点観測している「金融循環と脆弱性のヒートマップ」を見ると、主にコロナ禍による貸出残高の急増を反映した指標でのトレンド乖離が見られていますが、レポート内では、金融支援策などの結果としての一過性の問題と見なしている部分もありました。しかし、コロナ前から拡大してきた不動産向け貸出や、M&A関連のレバレッジ、ミドルリスク企業向け貸出しの、経済成長率を上回るペースでの信用量の拡大には懸念を示しています。
前回2021年4月号のレポートで取りあげられ、今回も強調された観点として、「金融機関と投資ファンドの有価証券ポートフォリオの重複度の高まり」があります。リーマンショック以降、国際金融市場での投資ファンドのなどのプレゼンスの高まりや、特に2020年3月に起きた市場の急落を意識した内容というふうに読めましたが、ここでいう投資ファンドとの重複度分析は、国内外の投資信託を中心としたデータを使って分析されたものと思われます。金融機関の有価証券ポートフォリオは、純投資である限り、リスク・リターンの最適化を念頭に置いた効率的フロンティア上のポイントを取るべきであり、そのポートフォリオは、現実的には、債券・株式などの有価証券への直接投資と、複数の投資信託を含む投資ファンドへのアロケーションによって成立します。
前回の金融危機時の前、2006年から2007年にかけて、日銀が金融システムの異変の兆候を知ろうとしていた時、ヘッジファンド業界を代表して、何度か日銀の方々と情報交換をする機会がありました。公募投資信託のように、公表されたデータを持たない、ヘッジファンド(HF)や、当時ようやく存在感を増しつつあったプライベートエクイティファンド(PE)の動向と金融市場に対する影響を気にしつつ、実態を把握しきれないもどかしさを感じた記憶があります。
それから15年たった現在、かつてに比べると情報はとりやすくなったものの、HFやPEについての十分なデータを収集して定量分析するほどにはなっていないと思われます。今回のレポートに少し違和感を覚えたのは、金融機関の有価証券ポートフォリオのモデルケースを示すことなく、また、具体的な投資ファンドの実像を示さないまま、その重複度の高さを懸念するような内容となっている点でした。一方、本レポートで本当に強調したかったことには、最近プレゼンスを増している、国内外のPEやHFの動向も含まれているのではないかと思います。開示されたデータベースの少ない、アセットクラスとしてのPEやHFについて、今後とも、Alternative Investment Management Association (“AIMA”)等の業界団体としての情報発信を通じ、当局にも正しい実態把握をしてもらいたいと考えています。